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斎田瑞穂のBLOG

「蛇口をひねれば水が出る」

普段、私たちはこれを疑うことなく生活しています。しかし先日、わが家を襲った予期せぬトラブルを通じて、その「当たり前」がいかにありがたいことなのかを改めて痛感する出来事がありました。

突然の「噴水」と、止まった日常

きっかけは、自宅の外構工事でした。 作業中、業者さんが誤って水道管を破損させてしまったのです。目の前で噴水のように勢いよく吹き出す水。現場は一時騒然となり、二次被害を防ぐために予告もなく「水道の栓を閉めたので、しばらく使えません」と告げられました。

これが、想像以上に大変だったのです。

「水が使えない」という不自由

もし事前にわかっていれば、トイレを済ませたり、バケツに水を汲み置いたりできたでしょう。しかし、現実は非情です。

  • 家族が「トイレに行きたい」となる
  • 帰宅した子供たちが「手を洗いたい」のに洗えない
  • 遊びに来たいとこたちに、いつものコーヒーさえ淹れられない

結局、飲み物を調達するためにコンビニへ走り、トイレを借りるためにまたコンビニへ……。普段なら無意識にできていることが一つもできない不自由さに、家族みんなで困り果ててしまいました。

運悪く土曜日だったこともあり、応急処置が終わるまでにはかなりの時間を要しました。

災害の疑似体験から学んだこと

断水の最中、家族でこんな話をしました。

「災害って、きっとこうやって突然やってくるんだよね。水が出なくなるだけじゃなく、避難することになったら、この安心できる居場所(家)さえなくなってしまうかもしれないんだよ」

不便さ、不安、そして逃げ場のないストレス。それが続けば体調を崩してしまう人がいるのも、身をもって理解できた気がします。

私たちは普段、雨風をしのげる壁があり、清潔な水が使え、家族で笑い合える「家」という空間に守られています。その存在がどれほど贅沢で、感謝すべきものなのか。トラブルというフィルターを通したことで、ようやくその輪郭がはっきりと見えました。

立ち止まって、感謝を伝える

今回の騒動は大変でしたが、「当たり前にある幸せ」に気づかせてくれた貴重な経験でもありました。

忙しい毎日を過ごしていると、つい足元の幸せを素通りしてしまいがちです。だからこそ、たまにこうして立ち止まり、「今日も家があって、水が出て、無事に過ごせている」という事実に、しっかりと感謝の心を持って生活していきたい。

そんなことを強く思った一日でした。

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