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野沢理のBLOG


こんにちは!

自らの経験を元に『体の健康』『お金の健康』を大切にしている、
静岡県浜松市 創業100年 株式会社野沢建築 4代目代表取締役 野沢理(おさむ)です。

今日は、父のこと、そして「親になって初めて気づいたこと」についてお話しします。

「だいじょうぶ。すぐ良くなるよ。」


「だいじょうぶ。つらいよね。すぐ良くなるよ。」

3歳から小児喘息だった私は、夜中に発作が起きるのが日課のようなものでした。

ゼーゼー、ゴホゴホ。
息ができなくて、怖くて、眠れない。

そのたびに、父は起きてきてくれました。

背中をさすり、薬を飲ませ、ひどい時はそのまま救急に連れて行ってくれた。
毎晩のように。

当時の私は、それが「当たり前」だと思っていました。



昼は現場、夜は看病、翌朝また現場へ


父は野沢建築の3代目です。

昼間は現場に立ち、お客様の家を建てている。
夜は私の発作に付き合い、翌朝また現場に向かう。

4人兄弟の中で、私が一番手がかかったと思います。
喘息、アトピー、アレルギー。通院も多かった。

父自身も、体調を崩した時期がありました。
大変な時が、たくさんあったはずです。

でも父は、大変な姿を私たちに見せませんでした。

お客様からは、こう言っていただいていました。

「お父さんはいつも私達の思いを聞いてくれる」
「何かあればすぐに来てくれる。相談しやすい」

子どもの頃、引っ込み思案だった私にとって、父は憧れの存在でした。



親になって初めて分かったこと


私にも今、子どもが2人います。

夜中に子どもが泣けば起きるし、体調が悪ければ心配で眠れない。

それでも、私の子どもは2人です。
父は4人でした。

あの頃の父の「だいじょうぶ」は、自分も疲れていたはずの夜に、絞り出してくれた言葉だったんだと、今なら分かります。

親になって初めて、あの背中の意味が分かった。

毎晩起きてくれたこと。
大変な時も笑っていてくれたこと。
4人全員を、しっかり育ててくれたこと。

正直にお伝えすると、父に面と向かって「ありがとう」と言えたことは、まだありません。
でも、この仕事を通じて、恩返しをしていきたいと思っています。

100年企業に流れる「見せない強さ」


父の口癖は「継続は力なり」でした。

野沢建築は1926年の創業から、今年で100年を迎えます。
100年続いた秘密は、特別な戦略でも技術でもありません。

目の前のお客様に誠実に向き合い続ける。
その繰り返しが、100年になっただけだと思っています。

父から受け継いだのは、会社だけではありません。

「見せない強さ」──。
大変な時も大変な顔をせず、目の前の人のために動き続ける姿勢。

これが、野沢建築の家づくりの根っこにあるものです。
私はそれを、家づくりで体現していきます。

C値0.5以下の気密性能、UA値0.46以下の断熱性能。
施工品質は第三者評価機関(ネクストステージ)の審査で全国1位。

数字で証明できる品質と、言葉にはしない覚悟。
両方を持って、お客様の家をつくり続けます。



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まとめ


① 3歳から喘息の私を、父は毎晩起きて看病してくれた
② 昼は現場、夜は看病。大変な姿を子どもに見せなかった
③ 親になって初めて、あの「だいじょうぶ」の重さが分かった
④ 100年企業に流れる「見せない強さ」を、家づくりで受け継いでいく





「家づくりを誰に頼むか、迷っている」

そんな方は、ぜひ一度お話ししましょう。



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この記事を書いた人
野沢 理
毎日も最高の幸せに

野沢 理(のざわ おさむ)

創業100年 野沢建築 代表取締役/4代目/一級建築士

生まれも育ちも引佐町。
自らの経験を元に『体の健康』『お金の健康』を大切にした家づくりを提案。
現在は妻と二人の子供の4人家族で、田舎でのんびり暮らしています。

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